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東京地方裁判所 平成4年(特わ)1859号 判決

本店所在地

東京都港区高輪一丁目五番一九号

株式会社伝田工務店

(右代表者代表取締役 傳田博)

本籍

東京都大田区上池台四丁目五番

住居

同区上池台四丁目五番二一号

会社役員

傳田博

昭和五年七月二三日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官今村隆、弁護人稲山惠久(主任)、竹内俊文各出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告会社株式会社伝田工務店を罰金一億円に、被告人傳田博を懲役一年八月にそれぞれ処する。

訴訟費用は、被告会社株式会社伝田工務店及び被告人傳田博の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告会社株式会社伝田工務店(以下、被告会社という)は、東京都港区高輪一丁目五番一九号に本店を置き、不動産の仲介、売買及び賃貸等を目的とする資本金一〇〇万円の株式会社であり、被告人傳田博(以下、被告人という)は、被告会社の代表取締役としてその業務全般を統括しているものであるが、被告人は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、第三者の名義で不動産売買を行って売上げを秘匿し、あるいは売上げの一部を除外して借名の普通預金等を設定するなどの方法により所得を秘匿した上、

第一  昭和六一年八月一日から昭和六二年七月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が六九三〇万二八八八円(別紙1の修正損益計算書参照)、課税土地譲渡利益金額が一億〇三六七万三〇〇〇円(別紙2のほ脱税額計算書参照)であったにもかかわらず、右法人税の納期限である昭和六二年九月三〇日までに東京都港区芝五丁目八番一号所轄芝税務署長に対し、法人税確定申告書を提出しないで右期限を徒過させ、もって不正の行為により、被告会社の右事業年度における法人税額四八八八万一四〇〇円(別紙2のほ脱税額計算書参照)を免れ

第二  昭和六二年八月一日から昭和六三年七月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が四億八四八二万三九〇〇円(別紙3の修正損益計算書参照)、課税土地譲渡利益金額が五億〇五四二万九〇〇〇円(別紙4のほ脱税額計算書参照)であったにもかかわらず、右法人税の納期限である昭和六三年九月三〇日までに前記芝税務署長に対し、法人税確定申告書を提出しないで右期限を徒過させ、もって不正の行為により、被告会社の右事業年度における法人税額三億四七八四万二五〇〇円(別紙4のほ脱税額計算書参照)を免れ

たものである。

(証拠の標目)

注…括弧内の甲、乙の各番号は検察官提出の証拠等関係カード記載の請求番号に対応する証拠を示す。

判示全事実について

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書(一〇通。乙二、一二ないし二〇)

一  第一回公判調書中の被告人の供述部分

一  第七回公判調書中の証人瀧上正夫、同倉田壽夫の各供述部分

一  証人金内松一の当公判廷における供述

一  亀田福代(甲三六)、瀧上正夫(甲三七、但し、不同意部分を除く)、倉田壽夫(甲三八、但し、不同意部分をく)、小川一郎(甲五二)の検察官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の不動産売上高調査書、受取家賃調査書、期首商品棚卸高調査書、仕入高調査書、期末商品棚卸高調査書、給与手当調査書、福利厚生費調査書、旅費交通費調査書、通信費調査書、接待交際費調査書、支払保険料調査書、修繕費調査書、水道光熱費調査書、消耗品費調査書、租税公課調査書、事務用品費調査書、仲介手数料調査書、顧問料調査書、支払手数料調査書、リース料調査書、管理費調査書、雑費調査書、受取利息調査書、受取配当調査書、雑収入調査書、有価証券売買益調査書、支払利息調査書、損金にならない税金調査書、損金にならない罰科金調査書、事業税認定損調査書(以上、順次甲一、二、四、五、七ないし一九、二一ないし三三)

一  大蔵事務官作成の報告書(五通。甲七九ないし八二、一〇二、但し、七九は不同意部分を除く)

一  検察事務官作成の捜査報告書(三通。甲三四、三五、一〇一)

一  登記官作成の商業登記簿謄本(乙二一)

判示第一の事実について

一  被告人の検察官に対する供述調書(六通。乙三ないし八)

一  第八回公判調書中の証人金内松一の供述部分

一  第四回公判調書中の証人原間井昭三の供述部分

一  第五回公判調書中の証人桶川勝の供述部分

一  第六回公判調書中の証人寶福由秀の供述部分

一  桶川勝(三通。甲三九、五一、五五、但し、五一、五五は不同意部分を除く)、桶川慶子(三通。甲四〇、五六、六一)、寶福由秀(二通。甲四一、六二、但し、六二は不同意部分を除く)、横山治男(甲四二)、早坂眞一(甲四四)、瀧上正夫(甲四七)、植村文雄(甲四八、但し、不同意部分を除く)、金澤宥介(二通。甲四九、五七、但し、四九は不同意部分を除く)、徳武良吉(甲五〇)、田代福恵(甲五三)、今井忠義(甲五四)、幸松一男(甲五八、但し、不同意部分を除く)、福島憲仁(甲五九、但し、不同意部分を除く)、原間井昭三(甲六〇、但し、不同意部分を除く)、寶福郁雄(甲六三)、保坂厚司(甲六四)の検察官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の報告書(三通。甲七六ないし七八、但し、七六、七七は不同意部分を除く)

一  検察官作成の捜査報告書(甲四三)、電話聴取書(二通。甲四五、四六)

一  検察事務官作成の捜査報告書(二通。甲三、二〇)

一  登記官作成の土地登記簿謄本(九通。甲八三、八四、八九ないし九五)、閉鎖土地登記簿謄本(三通。甲八五ないし八七)、閉鎖建物登記簿謄本(二通。甲八八、九六)

判示第二の事実について

一  被告人の検察官に対する供述調書(三通。乙九ないし一一)

一  早坂眞一(二通。甲六五、六六)、瀧上正夫(二通。甲六七、七四、但し、七四は不同意部分を除く)、倉田壽夫(甲六八)、森田孝男(甲六九)、鈴木武雄(甲七〇)、角田潤一(甲七一、但し、不同意部分を除く)、武蔵雪(甲七二、但し、不同意部分を除く)、大和一也(甲七三、但し、不同意部分を除く)、和田藤候(甲七五)の検察官に対する各供述調書

一  検察事務官作成の捜査報告書(甲六)

一  登記官作成の土地登記簿謄本(甲九九)、閉鎖土地登記簿謄本(二通。甲九七、九八)、閉鎖建物登記簿謄本(甲一〇〇)

(事実認定の補足説明)

弁護人は、〈1〉検察官の主張する甲府市国母一丁目一一九三番の三など合計五筆の土地(以下、国母物件という)及び東京都世田谷区北沢三丁目九五三番一三所在の土地建物(以下、北沢物件という)の取引は被告会社が行ったものではなく被告人個人の取引であるから、これが被告会社に帰属することを前提としたほ脱所得の計算は誤りである、〈2〉検察官主張の修繕費のほか、別途修繕費の支払がある、〈3〉被告会社に帰属するとされている預金の一部は被告人個人の預金であるから、右預金の受取利息は被告会社に帰属しない、〈4〉受取配当の全部及び有価証券売買益の大半は被告人個人の取引に基づくものであるから、これらは被告会社に帰属しない、〈5〉東京都世田谷区等々力二丁目四四番二所在の土地建物(以下、等々力物件という)についての土地譲渡利益金額の計算方法に誤りがある旨主張し、被告人も右主張に沿う供述をするので、以下、補足して説明する。

第一北沢、国母両物件について

弁護人は、両物件の取引は被告会社ではなく被告人個人が行ったものであるから、右取引に伴う所得をほ脱所得の計算から除外すべきである旨主張する。そこで、前掲関係各証拠により両物件の取引経緯、取引態様、仕入資金、売上金の管理及び使途をみて検討する。

一  北沢物件について

1 取引経緯

被告人は、被告会社の顧問弁護士である菅原克也が北沢物件の売却の仲介を依頼されていることを知り、昭和六一年九月一九日、北沢物件を代金八〇五〇万円で買い受けた。被告人は、北沢物件を買い受けるとすぐに不動産会社社員に売却を依頼し、同年一〇月二四日、住共不動産こと今井忠義に坪四〇〇万円で総額一億円、土地の実測後代金額を精算する旨の特約付きで売却した。

2 取引態様

被告人は、北沢物件が売りに出されていることを菅原から聞知するや、これを転売して利益を得ようと考え、東急不動産を転売先として探し出し、昭和六一年九月初めに菅原を通して北沢物件の所有者である田代よし子と仮契約を締結する段取りになっていたが、転売先の東急不動産が売買代金に難色を示したため、右仮契約締結には至らず、その後の同月一九日、前記のとおり北沢物件を買い受けた。田代と被告人は直接交渉は勿論、契約時にも会うことはなく、全て菅原を通じての取引であったが、その間に一度、田代は被告会社常務取締役の瀧上正夫に会い、名刺を手渡されている。北沢物件の売買契約は同月一九日に成立し、同日、額面八〇五〇万円の預金小切手(以下、預手という)が田代に、移転登記手続に必要な書類が菅原にそれぞれ手渡され、右契約は履行が終了した。その際、右売買について契約書が作成されたが、その日付及び買主欄並びに領収書の宛名欄はいずれも被告人の求めにより白地のままとされた。その後、田代は右契約書等の白地部分を気に掛け、再三にわたり菅原を通じて白地の補充を求めたが無視され続け、同年一二月一四日に至って買主欄が被告人個人名義と補充された契約書の写しが送付された。その後、雪谷税務署から被告人宛に「譲渡内容についてのお尋ね」と題する書面(以下、「お尋ね」の書面という)が送られてきたため、被告人は、田代との売買契約書を偽造し、田代との売買に仲介者がいたかのように表示して、架空の仲介手数料二四一万円の領収書を作成し、更に今井に北沢物件を売り渡した際の仲介手数料一五〇万円の領収書を、仲介手数料を二六三万円に水増しした領収書と差し替えさせ、右架空経費を計上して不実の所得税確定申告を行った。

3 仕入資金

北沢物件の仕入代金は、昭和六一年九月三日に三和銀行三田支店の被告人名義の普通預金口座に入金されていた、被告会社が瀬戸内興産株式会社に売却した台東区浅草三丁目七八番一二、七九番五所在の土地建物(以下、浅草三丁目物件という)の売上金の一部三億二六七〇万円のうち、三億一三〇〇万円が同月一七日に住友銀行高輪支店の被告会社の普通預金口座へ振り替えられ、これを原資として組まれた同支店振出しの八〇五〇万円の預手で支払われている。

4 売上金の管理とその使途

北沢物件の売上金のうち、契約日の昭和六一年一〇月二四日に受領された二〇〇〇万円は住友銀行高輪支店の被告人名義の普通預金口座を経由して被告会社の当座預金口座に入金され、同年一二月二六日に受領された残金六七八〇万円のうち、一七八〇万円は前同様に被告人名義口座に入金された上、同口座から出金した現金二〇〇万円を除いた残余額のうち一三五〇万円が被告会社の当座預金口座に入金され、五〇〇〇万円は被告人名義の定期預金として設定されている。そして、被告会社の当座預金口座に入金された売買代金は、いずれも被告会社の借入金の返済等に充てられた。

以上の各事実によれば、次のとおり認定できる。

〈1〉そもそも売買契約が成立したといえるためには、その取引主体が確定していることが必要であり、後日、取引主体を決定するということは契約の成立自体を否定することとなり背理である。前記3のとおり、北沢物件の仕入資金(買受資金)が被告会社の資金であることからすれば、他に特段の事情がない限り、北沢物件は被告会社が買い受けたと認定すべきところ、被告人が被告会社から右買受資金を借り受けたことを窺わせる事情や契約書等の裏付書類は一切なく、また契約時に被告人個人を買受人とする表示など特段の事情は全くないのである。〈2〉そして、北沢物件を売却した売上金も、その一部が被告人名義の定期預金とされたほかは、結局、被告会社口座に入金されているのである。〈3〉さらに、北沢物件は、被告会社が転売利益を求めて買付けに入ったものであり、東急不動産への転売は失敗したものの、買受けと同時に売却先を探し、一か月余の後に転売して利益を得ているのである。〈4〉また、田代からの再三にわたる契約書の白地補充の要請を無視し続けたこと、前記売買契約書の偽造や架空及び水増しの各領収書の作成などの各事実及び被告会社のその余の取引形態並びに被告人の納税意思などを総合すると、北沢物件を転売後に売買契約書の白地の買主欄を被告人個人名義で補充し、田代に契約書の写しを送付しているものの、被告人は、買受時には契約書の買主欄を白地としたままで転売し、売上利益を秘匿しようとしていたものと推認できる。

なお、被告人は、隣地を合わせて買収し、自宅用地とするつもりで北沢物件を買い受けたが、その後、一方の隣地所有者との間に紛争があり、他方の隣地は都有地で買収が困難であることが判明したから、自宅の建築をあきらめて転売したのであって、当初転売の意思はなかった旨供述するが、被告人は当初から北沢物件を転売して利益を得ようと考えていたこと、北沢物件を買い受けるとすぐに転売先を探すように依頼していることなどの取引経緯及び転売先の今井は隣地を買収してマンションを建築していることなどに照らせば、被告人の右供述は信用できない。

以上によれば、北沢物件の取引主体は被告会社であると認められ、これを認めた被告人の捜査官に対する供述は十分信用できるといえる。

二  国母物件について

1 取引経緯

被告人は、かねて取引のある不動産業者の株式会社日昇(以下、日昇という)の寶福由秀が仲介に失敗して責任を感じ、早急に買主を探していた立石管工業株式会社(以下、立石管工業という)所有の国母物件について、寶福からの買受け依頼を承諾し、昭和六一年一月二一日、代金一億三一四六万七五〇〇円で買い受けた。被告人は、右のような経緯から、寶福に国母物件の転売先を探すように指示していたところ、同年一一月六日、同人の仲介で株式会社喜久地商事(以下、喜久地商事という)に代金一億六〇九〇万二五〇〇円で売却した。

2 取引態様

被告人は、前記のとおり、日昇の寶福の依頼を受けて国母物件の買受けを承諾したが、当時被告会社は民事訴訟を提起され、仮差押えを受ける危惧感を抱いていたことから、買受けを依頼した日昇を買主とする契約書を作成させた。日昇には国母物件を購入する資力も計画もなかったが、買受けを依頼した経緯からこれを拒絶できる立場にはなかった。被告人は、寶福が転売先を探すことを約束したので、国母物件を転売して利ざやを稼ぐつもりでこれを買い受けた。被告人は、国母物件についても、被告会社の他の転売物件と同様に中間省略登記を考えていたが、売主の立石管工業に強く登記引取りを迫られたため、昭和六一年八月五日に至ってやむなく被告人個人名義に所有権移転登記手続を行い、前記のとおり、同年一一月六日喜久地商事に国母物件を売却した。ところが、その後、雪谷税務署から被告人宛に「お尋ね」の書面が送られてきたため、被告人は、寶福に指示して同年七月二四日に被告人が日昇から国母物件を一億四六二七万五〇〇〇円で買受けたとする架空の売買契約書を作成させて仕入代金を水増しするとともに四三八万円の架空仲介手数料の領収書を作成させ、更に自ら架空の土地造成費用等二〇〇万円支払の領収書を作成し、北沢、国母両物件について不実の所得税確定申告を行った。

3 仕入資金

国母物件の仕入代金のうち、昭和六一年一月二一日に支払われた一億円は、その前日に被告会社が三和銀行三田支店から融資を受けたものである。同年二月八日に支払われた残金三一六四万七五〇〇円のうち、七〇四万七五〇〇円は被告会社が三和銀行三田支店から融資を受けたもの、三六〇万円は被告会社の取引先である三進建設工業株式会社(以下、三進建設という)及び正和総合株式会社(以下、正和総合という)から三和銀行三田支店の被告人名義の普通預金口座へ入金されたものなど、二一〇〇万円は被告会社が株式会社一英興産と浅草二丁目九番一三号所在の土地建物(以下、浅草二丁目物件という)を取得するため業務提携を行い、その費用の一部として傳田邦子名義の普通預金口座に入金された二五〇〇万円の一部をまとめて預手に組んだものである。

4 売上金の管理とその使途

国母物件の売上金のうち、契約日の昭和六一年一一月六日に受領された一六〇〇万円は住友銀行高輪支店の被告人名義の普通預金口座を経由して被告会社の当座預金口座に入金され、同年一二月九日に受領された残金一億四四九〇万二五〇〇円のうち一億四〇〇〇万円は、前同様被告人名義の普通預金口座を経由して住友銀行高輪支店の被告会社の当座預金口座に入金されている。そして、被告会社の当座預金口座に入金された売却代金は、被告会社の仕入資金及び借入金の返済に充てられるとともに被告会社の資金として用いるために借受けした被告人個人名義借入金の返済に充てられた。

以上の各事実によれば、次のとおり認定できる。

〈1〉立石管工業から昭和六一年一月二一日に国母物件を買い受けた買主が日昇でないことは明らかであり、売買契約成立時に取引主体が確定されていることが必要なことは前記のとおりである。国母物件の仕入資金(買受資金)をみると、被告会社の資金であることが認められるのであるから、前同様、他に特段の事情がない限り、国母物件は被告会社が買い受けたと認定すべきところ、被告人が被告会社から右買受資金を借り受けたことを窺わせる事情や契約書等の裏付書類は一切なく、また契約時に被告人個人が買受人である旨の表示など特段の事情は全くないのである。〈2〉そして、国母物件を売却した売上金も、結局、被告会社の当座預金口座へ入金され、被告会社の仕入資金や借入金の返済に充てられている。〈3〉さらに、国母物件の買受けは、当初から転売目的での一時的保有であり、被告会社の他の転売物件同様、中間省略登記を予定していたところ、売主の立石管工業からの登記引取請求により、昭和六一年八月五日被告人個人名義に移転登記手続がなされているが、右〈1〉、〈2〉の事実に照らせば、登記名義が被告人個人名義でなされたことをもって、国母物件買受けの主体が被告人個人であるとすることはできないというべきである。

なお、被告人は、国母物件はマンションなどを建築するつもりで買い受けたが、後に日陰地になることが判明したからマンションなどの建築を中止して転売することにしたのであって、当初から転売の意思はなかった旨供述するが、日陰地になる原因は周囲に神社の林があることであるから、右は買受けに当たって当然認識し得るものであり、被告人の供述はそれ自体不自然であるし、また、当初転売の意思はなかったという点も、寶福から買受けを依頼されてこれを承諾した経緯にも合致しないものであることなどに照らせば、被告人の右供述は信用できない。

以上によれば、国母物件の取引主体は被告会社であると認められ、これを認めた被告人の捜査官に対する供述は十分信用できるといえる。

三  これに対して、弁護人は、〈1〉両物件に関連する被告会社名義から被告人名義の口座へ、あるいはその逆の振替えは、いずれも会社と個人との間の金銭消費貸借であること、〈2〉国母物件については、あくまで被告人個人が日昇の寶福から頼まれて資金提供したもので、被告人個人が日昇から国母物件を買い受けた背景は、個人としての融資枠を得るための担保に供する個人資産が欲しかったこと、また、国母物件買受け当時は、被告会社が訴訟を提供されていたため、被告会社が買受けしても訴訟の相手方から差し押さえられる虞があったこと、〈3〉被告人は両物件の取引について、実際に個人所得として既に税務申告していることなどを主たる理由に両物件の取引主体は被告会社ではない旨主張している。

しかし、〈1〉については、前記認定のとおり、被告人と被告会社との間で金銭消費貸借があったことを裏付ける契約書等が一切ないばかりか、被告会社と被告人との間で貸借関係の帳尻が合うように清算された形跡も見当たらず、しかも被告人の公判供述の内容も不自然であって、貸借関係があったものとは到底認められないのである。また、後記認定のとおり、不動産取引に係わる被告人及び傳田邦子名義の各口座については、いずれも借名口座と認められるのである。〈2〉については、国母物件の取得は、前記認定のとおり転売目的であって、被告人個人の資産として保有しようとした事情は一切認められない。また、契約当時被告会社は民事訴訟が継続中で、相手方からの仮差押えを警戒して被告人個人名義としなければならなかったとする事情は、実体に即して被告会社が取引主体として表示できない事情を示すもので、却って被告会社が取引主体であると推認させ得る事情であるから、前記認定を揺がせる事情とはならない。〈3〉については、被告人は、両物件の取引について個人の所得として所得税の確定申告手続をしているが、右は所轄税務署から「お尋ね」の書面が送られてきたため放置もできず、かつ被告会社が宅地建物取引業の免許のないまま業務として行った取引であることから、やむなく両物件に限り、多額の架空、水増経費を計上した上、該当年度は、一四六万八五〇〇円の所得で、納付すべき税額は五八万七二〇〇円である旨の所得税確定申告をして実体を糊塗しているのであって、そのような所得税申告自体からして、右申告が両物件の取引が被告人個人の取引であることの根拠を示すものとはいえない。その他、被告人が両物件の取引主体に関し、公判でるる述べるところはいずれも不自然、不合理で罪責を免れるためのものとして信用できない。

よって、弁護人の右主張は、いずれも採用できない。

第二修繕費について

弁護人は、昭和六二年七月期に合計二六四万円、昭和六三年七月期に合計一四六万六〇〇〇円の修繕費の計上洩れがあるので、右金額を経費として加算すべきである旨主張し、被告人も公判廷において、被告会社が所有する大田区上池台の住宅とヒルトップ高輪ビルの維持、管理に必要な工事を最上斫工業こと小玉芳三に依頼し、その代金として昭和六一年一一月三〇日に二〇〇万円、同年一二月二〇日に三四万円、同月二五日に三〇万円、昭和六二年九月三〇日に二七万円、同年一二月五日に八六万七〇〇〇円、昭和六三年五月三〇日に三二万九〇〇〇円をそれぞれ支払った旨供述する。

しかしながら、前掲関係各証拠によれば、本件により押収された被告会社の金銭出納帳、総勘定元帳、領収書、入出金伝票、当座小切手帳には被告人の右供述に沿う支出がなされた形跡はなく、かつ、被告人方及び被告会社に残された帳票類にも右斫工事の発注、実施、代金支払を裏付けるものが一切ないことが認められる。被告人は、更に本件修繕費の詳細は小玉から聴取した旨供述するが、最上斫工業の見積書、請求書、領収書の各控え、または入金伝票、各種元帳の写しを提出できないばかりか、同人の供述あるいは証明すらも得られていないのである。右の各事実に、被告会社の帳票類を差し押さえて調査の上、修繕費明細を明らかにして作成された修繕費調査書の内容の確認を求められた際、被告人は捜査官に対し、右明細表に記載されたほかにも、本件各事業年度中に領収書のない被告会社の定期的修繕費用が多く見積もって毎月五万円存在するが、それ以外に修繕費の支出はない旨供述していることを併せ考えれば、被告人の公判供述は信用できず、本件各事業年度中において右斫工事による修繕費の支出があったとは到底認められないのである。

したがって、弁護人の右主張は理由がない。

第三受取利息について

一  普通預金について

弁護人は、大和銀行川崎支店の浅野物産名義及び木村初雄名義の各口座が被告会社の借名口座であることは認めるものの、三和銀行三田支店の被告人名義(五五〇六六)及び傳田邦子名義(八四四八八)、同栄信用金庫本店の被告人名義(五八五七三二)、住友銀行高輪支店の被告人名義(六五〇二五一)及び野田定子名義(六五八九八二)、同栄信用金庫荏原支店の被告人名義(一三六二二)、大和銀行川崎支店の徳武良吉名義(六七一〇六六〇六)、協和銀行三田支店の有限会社志門名義(二〇六六九二)、太陽神戸三井銀行長野支店の被告人名義(三二八〇五八三)の各普通預金口座は被告人個人の口座である旨主張する。

1 三和銀行三田支店の被告人名義口座(五五〇六六)について

弁護人は、特に、当口座について、被告人個人の出金が数多くみられ、入金も被告人個人の取引である国母物件の売却代金、被告人個人名義での借入であって、その利用状況からしても被告人個人の口座である旨主張する。前掲関係各証拠、特に甲第七七、七九、八一号証によれば、次の各事実が認められる。

当口座は、昭和六〇年六月一二日現金一万円の入金で設定された。入出金状況の大要をみると、同年一〇月二八日被告人個人名義借入として二九四七万三二四二円が入金されたものの、同年一一月二一日二九二〇万円が被告会社当座預金口座に出金された。同年一二月一〇日被告会社が中野六丁目一七番の土地を株式会社MCH土地建物に売却した代金の一部一億四〇〇〇万円が、昭和六一年二月六日被告会社の取引先である三進建設から二三万五一一八円が、同日、正和総合設備から一五〇万円がそれぞれ入金された。その後の同年六月一二日被告人個人名義借入として二四九一万〇七一三円が入金されたものの、そのうち二〇〇万円は同日被告会社当座預金口座に出金され、同月二一日に七一七万三九三四円が同じく被告会社当座預金口座に出金された。次いで、同月二四日被告人個人名義借入として三九九万七五九八円が入金されたものの、同日、一九七〇万円が被告会社当座預金口座に出金され、結局、被告人個人名義借入は三万円余を残し、すべてが被告会社の口座に出金された。同年七月三〇日被告会社当座預金口座から四〇〇〇万円の入金がなされた。その後の同年九月三日被告会社が売却した浅草三丁目物件の代金の一部三億二六七〇万円が入金され、同月一七日右代金のうち三億一五〇〇万円は被告会社普通預金口座に、二〇〇万円は後記2の傳田邦子名義口座にそれぞれ出金された。その後の同年一〇月一四、一六日に被告人個人名義借入として二九八四万八七六八円、四九六万一九八〇円、四九六一万三七九五円の合計八四四二万四五四三円が入金されているが、同月一六日に約二〇〇万円を除く八二〇〇万〇八〇〇円が被告会社普通預金口座に出金された。同年一二月九日国母物件の代金の一部一億四四九〇万二五〇〇円が、昭和六二年五月七日被告会社当座預金口座から四四万〇七九四円がそれぞれ入金された。同月一一日被告人個人名義借入として二九八四万六〇五五円が入金されたものの、翌一二日に二九五〇万〇八〇〇円が被告人個人口座を経由して被告会社当座預金口座に出金された。同年六月二九日被告会社当座預金から一四万円が、同年七月三一日被告会社が株式会社大照に売却した東上野五丁目物件の代金の一部三〇〇〇万円がそれぞれ入金され、右入金は前記のとおり被告会社口座に入金された同年五月一一日の被告人個人名義借入の返済に充てられた。同年八月一〇日には被告会社普通預金口座から三〇〇〇万円が入金され、右入金は、そのまま前記のとおり被告会社口座に入金された昭和六〇年一〇月二八日の被告人個人名義借入の返済に充てられた。後記二1のとおり、被告会社が返金を受けた買受代金を原資とする被告人名義の定期預金から元利合計一億〇〇一七万七二一〇円がその満期日である昭和六二年八月二〇日に入金されたが、右入金は、同月二八日後記二2の被告人名義の一億円の定期預金を設定する形で出金された。同年九月九日被告人個人名義借入として入金した六四四五万五五四八円は、同月一〇日八十二銀行飯田支店宛に出金されたが、同月二五日長野地裁飯田支部から六三〇四万円が返金される形で入金されたため、右入金は同月三〇日に右九月九日の被告人個人名義借入の返済に充てられた。後記二2の被告人名義の定期預金の満期日に当たる同月二八日に右定期預金から元利合計一億〇〇一七万八三一四円が入金された。同年一〇月二六日被告人個人名義借入として一億一八八〇万二四〇〇円が入金され、同日、ほぼ同額の一億一八八〇万二〇〇〇円が日興証券新橋支店の被告人名義口座に出金されたが、同年一一月五日に至って右日興証券新橋支店の口座から一億一七三八万七五六六円が返金され、結局、同月一〇日被告会社当座預金口座に一億一三〇九万六九五〇円が出金されている。同年一二月一〇日等々力物件の売却代金の一部二億円が入金され、昭和六三年一月一四日には被告会社の売上金が原資であることから、被告会社に帰属すると認められる後記二3の定期預金から元利合計一億〇〇二〇万七五七三円が入金された。同年二月四日には日興証券新橋支店の徳武良吉名義口座から五〇一七万九八八八円が入金された。同月二二日被告人個人名義借入として一億三〇〇〇万円が入金されたものの、同月二四日七〇一〇万円が被告会社当座預金口座に出金され、翌二五日には五七〇〇万円が被告人個人口座を経由して被告会社当座預金口座に出金された。同年三月二三日に日興証券新橋支店の被告人名義口座から四九五万九〇四六円が、同年五月一八日には被告会社普通預金口座から二〇万円がそれぞれ入金された。同月二三日には被告会社普通預金口座から一七〇万三一〇八円の入金がなされたほか、被告人個人名義借入として一億三〇〇〇万円が入金されたものの、同日、前記のとおり被告会社口座に入金された同年二月二二日の被告人個人名義借入の返済に充てられた。同年六月九日傳田邦子から八万円、同年七月四日配当六三万六〇〇〇円及び一万七〇〇〇円の入金がそれぞれあり、同月一五日には被告会社当座預金口座に八一万円が出金された。同月二五日被告人個人名義借入として一億三〇〇〇万円が入金がされたものの、右入金は、被告会社普通預金口座からの一一五万円の入金と合わせて、同日、前記のとおり被告会社のために出金した同年五月二三日の被告人個人名義借入の返済に充てられている。他方、前記の出金以外の出金をみると、被告人個人の出金とみられるクレジットカード(以下、カードという)の支払及び医療費、個人貸与などの支払も認められるものの、そのほとんどは被告会社口座宛であるか、国母物件の仕入代金、被告会社の借入金返済及び法人税の支払などに充てられている。そして、傳田邦子名義の定期預金口座への出金などは、いずれも被告会社からの入金から出金されているのである。

以上によれば、当口座の入金は、ほとんどが被告会社の売上収入等か被告人個人名義借入によるものであり、後者も被告会社の事業のために用いられるものであって、いずれも直ちに被告会社口座に出金され、その返済は被告会社からの入金によりなされている(なお、前記八十二銀行に出金した借入金は、被告人個人の取引の様相を呈しているが、この一事で当口座の性格が変わるとみるのは相当でない)。そして、当口座からの出金は、一部個人支出とみられるものはあるが、そのほとんどが被告会社口座宛か被告会社のためになされているのである。

右の事実によると、当口座が被告会社の借名口座であることを認めた被告人の捜査官に対する供述は信用できる。それに反し、これを否定する被告人の公判供述は、論拠に欠け信用できない。なお、当口座から出金された被告人の個人使用と疑われる各支出は、いわば被告人個人による会社資金の流用にすぎないと認められ、当口座が被告会社の口座であるとの認定を左右するものではない。したがって、当口座から発生した昭和六二年七月期の合計四万〇九五五円、昭和六三年七月期の合計三万五九五〇円の各受取利息は、いずれも被告会社に帰属する収入と認められる。

2 三和銀行三田支店の傳田邦子名義口座(八四四八八)について

前掲関係各証拠、特に甲第七七、八一号証によれば、次の各事実が認められる。

当口座は、被告会社が浅草二丁目物件の費用の一部である二五〇〇万円を受領するため昭和六一年一月二三日設定された。右によって入金された二五〇〇万円のうち四〇〇万円は、同月三一日被告会社当座預金口座に出金され、残りの二一〇〇万円は同年二月七日に国母物件仕入代金の一部として出金された。その後の同年九月一七日に前記浅草三丁目物件の売上代金の一部二〇〇万円が入金され、その後、被告会社の使用とはみがたいカード使用による支払及び右支払手数料がそれぞれ出金されている。

右の入出金状況によれば、当口座は、被告会社の借名口座として設定され、被告会社の口座として使用されていたものと認められ、右に沿う被告人の捜査官に対する供述は十分信用できる。なお、被告人個人使用と疑われる出金があるものの、前記1同様、右は会社資金の個人流用にすぎないもので、当口座が被告会社の借名口座であるとの認定を左右するものではない。したがって、当口座から発生した昭和六二年七月期の合計七〇五円、昭和六三年七月期の合計一〇二円の各受取利息は、いずれも被告会社に帰属する収入と認められる。

3 同栄信用金庫本店の被告人名義口座(五八五七三二)について

前掲関係各証拠、特に甲第八一号証によれば、当口座は、昭和五一年九月三〇日設定され、昭和六〇年七月三一日以降は被告会社が所有するヒルトップ高輪四〇五号室の賃料を賃借人に振込入金させているのみであって、当口座から出金されている日本信販などは、被告人個人使用とも疑われる支出であることが認められる。

以上によれば、当口座の入金は、すべて被告会社の収入であり、その出金の一部は被告人個人の支出に流用されているとみられるのである。そして、個人による会社資金の流用があったことをもって、当口座の性格に変化を及ぼさないことは前同様であり、右の入金状況によれば、当口座が被告会社の借名口座であることを認めた被告人の捜査官に対する供述は信用できる。したがって、昭和六二年七月期の合計一万〇二五四円、昭和六三年七月期の合計四七一〇円の各受取利息は、いずれも被告会社に帰属する収入と認められる。

4 住友銀行高輪支店の被告人名義口座(六五〇二五一)について

弁護人は、特に、当口座について、入金の主なものは被告人個人の取引である北沢物件及び国母物件の売却代金と被告人個人名義での借入で、出金面でも被告会社への貸付のほか、カードでの個人利用がなされているから、被告人個人の口座である旨主張する。

前掲関係各証拠、特に甲第七七、七九、八一号証によれば、次の各事実が認められる。

当口座は、昭和六一年九月三日、被告会社が売却した浅草三丁目物件の代金の一部五〇〇〇万円の入金によって設定された。同月一九日右入金額を後記二4の定期預金を設定するため出金している。同年一〇月二四日北沢物件の売上金の一部二〇〇〇万円が、同年一一月一〇日国母物件の売上金の一部一六〇〇万円が、同年一二月二六日には北沢物件の売上金の一部一七八〇万円がそれぞれ入金されており、その間の一一月一二日に被告人個人名義借入として三五〇〇万円が入金されたものの、右入金は同日、右売上金と合わせて六〇〇〇万円とされ、被告会社の当座預金口座に出金されている。同年一二月一日に被告会社当座預金口座から三五〇〇万円が入金され、被告会社口座に入金された前記一一月一二日の被告人個人名義借入の返済に充てられている。更に昭和六二年三月一九日被告人個人名義借入として九〇〇〇万円が入金されたものの、同日、被告会社当座預金口座から入金された二六〇〇万円と合わせて一億一五〇八万〇八〇八円の預手を作成し、同月二三日被告会社当座預金口座に入金した後、等々力物件の売買代金として供託している(なお、供託残売買代金は一億一五〇八万一三〇八円であり、遅延損害金三万一五二九円は付加している)。また、後記認定のとおり、被告会社が原資を出した日興証券新橋支店の被告人名義口座からの出金により開設された後記5の野田定子口座から、同日二〇〇万円が、同年四月三〇日三五万円がそれぞれ入金されている。同年五月一二日には、前記1のとおり被告会社の借名口座と認められる三和銀行三田支店の被告人名義口座から二九五〇万円の入金があり、同日、同額が被告会社の当座預金口座に出金された。同年一〇月五日被告会社当座預金口座から九〇〇〇万円が入金され、右入金は、前記等々力物件の供託金の一部として借り入れた右三月一九日の被告人個人名義借入の返済に充てられた。同年一一月一九日被告人個人名義借入として六〇〇〇万円が入金され、同日、同額を後記野田定子口座に出金したが、同年一二月二四日に当口座に返金され、同日、右六〇〇〇万円の借入返済に充てられている。右の入出金のほかの出金をみると、国母物件の売上金入金後の昭和六一年一〇月三〇日及び一一月一〇日に各四〇〇万円が被告会社当座預金口座に出金され、北沢物件の売上金入金後の同年一〇月二四日北沢物件謝礼として一五〇万〇五〇〇円、同年一二月二九日四五〇万円、昭和六二年二月二日九〇〇万円がそれぞれ被告会社当座預金口座に出金されているが、その余は個人の利用の可能性のある三菱のカード関係の出金が重ねられているにすぎない。

以上によれば、当口座の入金は、ほとんどが被告会社の売上収入か被告人個人名義借入によるものであり、後者も被告会社の事業のために用いられるものであって、いずれも直ちに被告会社口座に出金され、その返済は被告会社からの入金によりなされている。そして、当口座からの出金は、一部個人支出とみられるものはあるものの、ほとんどが被告会社口座宛か被告会社のためになされているのである。

右の事実によると、当口座は、被告会社の借名口座であることを認めた被告人の捜査官に対する供述は信用できる。それに反し、これを否定する被告人の公判供述は、論拠に欠け信用できない。なお、当口座から出金された被告人個人使用と疑われる各支出は、前同様、会社資金の流用と認められ、当口座の性格を左右させるものではない。したがって、当口座から発生した昭和六二年七月期の一万一八六四円、昭和六三年七月期の合計三二三円の各受取利息は、いずれも被告会社に帰属する収入と認められる。

5 住友銀行高輪支店の野田定子名義口座(六五八九八二)について

前掲関係各証拠、特に甲第八一号証によれば、次の各事実が認められる。

当口座は、昭和六二年一月二三日日興証券新橋支店の被告人名義口座からの三六一八万五八〇〇円の入金によって設定された。同年三月二三日被告会社の借名口座と認められる前記4の被告人名義口座に二〇〇万円、四月三〇日に五〇万円がそれぞれ出金され、更に同年五月一一日には被告会社の顧問弁護士菅原克也宛に二九〇万〇八〇〇円が出金されたが、そのほかはすべて被告会社の当座預金口座に出金されている。なお、同年一一月一九日前記4の被告人名義口座から六〇〇〇万円が入金されたが、同年一二月二四日には右口座に同額が返金され、右六〇〇〇万円の被告人個人名義借入の返済に充てられた。そして、後記第四の1のとおり、日興証券新橋支店の被告人名義口座は、被告会社の借名口座と認定されるのである。

右の入出金状況によれば、当口座は被告会社の借名口座であることを認めた被告人の捜査官に対する供述は十分信用できる。したがって、当口座から発生した昭和六二年七月期の四七四三円、昭和六三年七月期の合計二万三一六二円の各受取利息は、いずれも被告会社に帰属する収入と認められる。

6 同栄信用金庫荏原支店の被告人名義口座(一三六二二)について

前掲関係各証拠、特に甲第二、八一号証によれば、次の各事実が認められる。

当口座は、昭和五九年五月九日現金九八七万七〇〇〇円が入金されて口座が設定されたもので、設定以来、被告会社関連収入と推認されるものが多いが、罪となるべき事実第一の昭和六二年七月期に近接する昭和六〇年五月以降の入出金をみると、同月一五日三五万円、同年六月一日各五〇万円の入金先不明のもののほかは、同年五月一八日に等々力物件の売上金の一部二億五〇〇〇万円、同年六月一三日に被告会社がタウン開発株式会社に売却した巣鴨一丁目物件の代金三〇〇〇万円、同月二二日に被告会社からの三〇〇〇万円がそれぞれ入金されている。出金は、一部被告人個人支出と認められる歯科へのものがあるほかは、すべて被告会社の口座振り替えられているのである。

右の入出金状況によれば、当口座は被告会社の借名口座であるとする被告人の捜査官に対する供述は信用でき、また、被告人個人使用の支出があるものの、前同様、口座の性格が左右されるものではなく、当口座は被告会社の借名口座と認められる。したがって、昭和六二年七月期の合計三四六円、昭和六三年七月期の合計二四〇円の各受取利息は、いずれも被告会社に帰属する収入と認められる。

7 大和銀行川崎支店の徳武良吉名義口座(六七一〇六六〇六)について

前掲関係各証拠、特に甲第八一号証によれば、当口座は、昭和六三年一月二八日現金一〇〇円の入金によって設定され、翌二九日後記第四の2のとおり、被告会社の借名口座と認められる日興証券新橋支店の徳武良吉名義口座から六二九二万七九〇〇円が入金され、同年二月一日同口座から更に一五〇万円、別途一六〇〇万円の各入金された金額と合わされて八〇三六万三三〇〇円が同日右徳武良吉名義口座に返金の形で出金されていたが、その後、当口座にはなんらの入出金もなく、昭和六三年分の利息が付されたまま昭和六三年七月三一日の現在残高六万五七八四円になったことが認められる。

右の入出金状況によれば、当口座は被告会社の借名口座であるとする被告人の捜査官に対する供述は信用でき、当口座は被告会社の借名口座と認められる。したがって、当口座から発生した昭和六三年七月期の一〇八四円の受取利息は、被告会社に帰属する収入と認められる。

8 協和銀行三田支店の有限会社志門名義口座(二〇六六九二)について

前掲関係各証拠、特に甲第八一号証によれば、当口座は、昭和六二年五月二〇日に設定され、同年一二月二三日に解約されたものであるが、被告会社がヒルトップ高輪を森本ヨシエ、桜井泉、新七衣、下川亀水、井上智佳子に賃貸していた賃料を振り込ませるために設定した口座であり、他に入金の形跡は全くないことが認められる。

右の事実によれば、当口座は被告人の捜査官に対する供述どおり、被告会社の借名口座と認められる。したがって、当口座から発生した昭和六三年七月期の合計六〇円の受取利息は、被告会社に帰属する収入と認められる。

9 太陽神戸三井銀行長野支店の被告人名義口座(三二八〇五八三)について

前掲関係各証拠、特に甲第八一号証によれば、当口座は、昭和六二年一二月一六日現金五〇〇〇円の入金によって設定され、同月二一日等々力物件の関連収入である三七三〇万円が入金されたが、うち三七〇〇万円が昭和六三年一月一四日被告会社の借名口座である大和銀行川崎支店の木村初雄口座に出金されるとともに一〇万円が出金された後は入出金がなく、元本に利息が付されるのみにされていたことが認められる。

右の事実によれば、当口座は被告会社の借名口座であるとする被告人の捜査官に対する供述は信用でき、当口座は被告会社の借名口座と認められる。したがって、当口座から発生した昭和六三年七月期の五一四〇円の受取利息は、被告会社に帰属する収入と認められる。

二  定期預金について

弁護人は、傳田邦子名義の定期預金が被告会社に帰属することは認めるが、被告人名義のものは、被告人個人借入の担保とするため、被告会社から一部資金を借り受けて設定されたものであり、その使途も個人借入のための拘束預金であるから、被告人個人に帰属する旨主張する。

1 三和銀行三田支店の被告人名義口座(三〇六四三六-〇〇一)について

前掲関係各証拠、特に甲第八一、一〇二号証によれば、次の事実が認められる。

当口座は、昭和六二年七月二〇日設定された金額一億円・満期日同年八月二〇日の定期預金であるが、その原資は、被告会社が代金の一部を支払済みであった入間市所在の土地建物の売買契約が合意解約され、支払済みの一億円と五〇〇万円の和解金を受領した際、返金分をそのまま定期預金としたものである。そして、その間に被告会社から被告人個人に貸与したとか、拘束預金であったとの事情は窺われない。

右の事実によれば、当口座は被告会社の口座であるとする被告人の捜査官に対する供述は信用でき、当口座は被告会社の借名口座と認められる。したがって、当口座から昭和六三年七月期に発生した一七万七二一〇円の受取利息は、被告会社に帰属する収入と認められる。

2 三和銀行三田支店の被告人名義口座(三〇六四三六-〇〇二)について

前掲関係各証拠、特に甲第八一、一〇二号証によれば、当口座は、昭和六二年八月二八日設定された金額一億円・満期日同年九月二八日の定期預金であるが、その原資は、前記1の定期預金が満期になったものをそのまま更に定期預金としたものであり、その間に被告人個人に貸与したとか、拘束預金であったとの事情は窺われないことが認められる。

右の事実によれば、当口座は被告会社の口座であるとする被告人の捜査官に対する供述は信用でき、当口座は被告会社の借名口座と認められる。したがって、当口座から昭和六三年七月期に発生した一七万八三一四円の受取利息は、被告会社に帰属する収入と認められる。

3 三和銀行三田支店の被告人名義口座(二三四六二九九-〇〇一)について

前掲関係各証拠、特に甲第八一号証によれば、当口座は、昭和六二年一二月一四日設定された金額一億円・満期日昭和六三年一月一四日の定期預金であるが、その原資は、前記のとおり被告会社の借名口座と認められる三和銀行三田支店の被告人名義の普通預金口座に等々力物件の売却代金として昭和六二年一二月一〇日振り込まれた二億円のうち、一億円を入金したものであり、その間に被告人個人に貸与したとか、拘束預金であったとの事情は窺われないことが認められる。

右の事実によれば、当口座は被告会社の借名口座であるとする被告人の捜査官に対する供述は信用でき、当口座は被告会社の借名口座と認められる。したがって、昭和六三年七月期に発生した二〇万七五七三円の受取利息は、被告会社に帰属する収入と認められる。

4 住友銀行高輪支店・被告人名義口座(一〇〇七四八)について

前掲関係各証拠、特に甲第八一、一〇二号証、乙第一二号証によれば、当口座は、昭和六一年九月一九日設定された金額五〇〇〇万円・満期日昭和六二年九月一九日の定期預金であるが、その原資は、昭和六一年九月三日浅草三丁目物件の売却代金の一部である五〇〇〇万円を、前記のとおり被告会社の借名口座と認められる住友銀行高輪支店の被告人名義の普通預金口座を経由して当定期預金に振り替えたものであり、その間に被告人個人に貸与したとか、拘束預金であったとの事情は窺われないことが認められる。

右の事実によれば、当口座は被告会社の口座であるとする被告人の捜査官に対する供述は信用でき、当口座は被告会社の借名口座と認められる。したがって、昭和六三年七月期に発生した一三四万二二五〇円の受取利息は、被告会社に帰属する収入と認められる。

5 住友銀行高輪支店の被告人名義口座(一〇一一八三)について

前掲関係各証拠、特に甲第八一、一〇二号証、乙第一二号証によれば、当口座は、昭和六一年一二月二六日設定された金額五〇〇〇万円・満期日昭和六二年一二月二六日の定期預金であるが、その原資は、北沢物件の売却代金の一部として六一年一二月二六日に被告人個人普通預金口座に一七八〇万円、定期口座に五〇〇〇万円振り込まれたものであり、その間に被告人個人に貸与したとか、拘束預金であったとの事情は窺われないことが認められる。

右の事実によれば、当口座は被告会社の借名口座であるとする被告人の捜査官に対する供述は信用でき、当口座は被告会社の借名口座と認められる。したがって、昭和六三年七月期に発生した一二二万二〇〇〇円の受取利息は、被告会社に帰属する収入と認められる。

第四受取配当及び有価証券売買益について

弁護人は、被告会社名義以外の被告会社名義の取引は勿論、徳武良吉名義の取引も全て被告人個人の取引であり、右取引により生じた受取配当及び有価証券売買益は、全て被告人個人に帰属する旨主張する。

一  日興証券新橋支店の被告人名義口座の取引について

前掲関係各証拠、特に甲第八一号証によれば、次の各事実が認められる。

当口座について、昭和六〇年一一月一三日から昭和六三年七月二七日までの全ての入金(九回)についてみると、昭和六三年一〇月二六日被告人個人名義借入として三和銀行三田支店の被告人名義口座から入金された一億一八八〇万一九〇〇円は、同年一一月五日、右口座に返金された後、被告会社当座預金口座に出金されている。また、右被告人個人名義借入は、被告会社に帰属すると認められる前記第三の二4の定期預金から返済されている。そして、その余の入金は、全て被告会社からのものである。他方、一〇回の出金のうち、支出先が不明な一回の現金七二万六七八二円引出しを除く六回は、被告会社宛のものである。その余の昭和六二年一月二二日の三六一八万五八〇〇円の出金は、前記第三の一5の野田定子名義口座に入金されているが、同口座から四〇万円が被告会社の当座預金口座に出金されている。そして、同年一一月五日の被告個人宛の出金は、その後被告会社宛に出金されている。昭和六三年三月二三日の四九五万九〇四六円の出金は、前記第三の一1の三和銀行三田支店の被告人名義口座を経て、同月三一日被告会社当座預金に合計九五万三五二七円、残りは同年四月一一日被告会社通知預金六五〇万円の一部として出金されている。

以上の入出金の状況をみると、当口座は、被告人個人の口座ではなく、被告会社の口座であり、当口座による取引の収入は、被告会社に帰属するとする被告人の捜査官に対する供述は信用でき、当口座は被告会社の借名口座であると認められる。したがって、当口座を基とする取引に関する有価証券売買益及び受取配当は、被告会社に帰属する収入であると認められる。

二  日興証券新橋支店の徳武良吉名義口座の取引について

前掲関係各証拠、特に甲第八一号証によれば、次の各事実が認められる。

当口座の昭和六二年一一月九日から昭和六三年三月一六日までの入出金のうち、入金をみると、昭和六二年一一月九日の一億一三〇九万六九五〇円の入金は、前記一のとおり被告会社の借名口座と認められる日興証券新橋支店の被告人名義口座から出金した一億一七三八万七五〇〇円を、前記第三の1の三和銀行三田支店の被告人名義口座を経由して入金したものである。昭和六二年一二月一四日の二九三〇万二一〇〇円の入金は、被告会社の口座であることを被告人が自認している大和銀行川崎支店の浅野物産株式会社名義の普通預金口座からのものである。昭和六三年二月一日の八〇三六万二五〇〇円の入金は、被告会社の借名口座と認められる前記第三の一7の大和銀行川崎支店の徳武良吉名義口座からのものである。同月八日の二八五八万六二〇〇円の入金は、当口座から前記第三の一1の三和銀行三田支店の被告人名義口座に入金した五〇一七万九八八八円の一部が還流されたもの及び被告会社口座と認められる前記第三の二3の定期預金からのものである。同月一七日の九一九万二二七五円の入金は、被告会社を吸収する予定で被告人が昭和六二年一二月に設立したものの、自己資金がないため実質被告会社の資金で運営していた株式会社日本リゾートからのものである。出金をみると、昭和六三年一月二九日の六二九二万七九〇〇円は、被告会社の借名口座と認められる前記第三の一7の大和銀行川崎支店の徳武良吉名義口座に出金されている。同年二月四日の五〇一七万九八八八円は、前記第三の一1の三和銀行三田支店の被告人名義口座を経て、同行の被告会社口座に四〇〇〇万円で出金され、同日、一二〇〇万円が被告人個人名義借入の返済のため出金されているが、右借入金は、被告会社当座預金に振り替えた借入金である。同月一九日の五二二一万五一〇〇円は三和銀行三田支店の被告会社当座預金口座に、同年三月一六日の四四四八万五〇〇〇円は、住友銀行高輪支店被告会社当座預金口座を経て野村証券池袋支店の被告会社口座及び同証券の被告人名義口座にそれぞれ出金されている。

以上によれば、当口座への入出金は、すべて被告会社の口座に関係するもの、あるいは被告会社の資金としてなされているものであることが認められるから、当口座は被告会社の借名口座であるとする被告人の捜査官に対する供述は信用できる。

なお、被告人は、当口座は、被告人個人の株取引について、課税要件となる回数制限を免れるために借名口座を設定したものである旨弁解するが、そもそも被告人には前記第一のとおり、個人としての誠実な納税意思がないばかりか、被告会社についても第三者名義での売買を行って売上げを秘匿し、また種々の借名口座を設定し、あるいは架空経費等を計上するなどして所得秘匿工作を行った上、無申告という態様でのほ脱行為を行っているのであるから、ほ脱目的で借名口座を設定したということから直ちに被告人個人の借名口座であるとすることはできず、結局、前記入出金から認められる取引の原資及び出金の使途・運用からして、当口座は被告会社の借名口座と認められるのである。

したがって、当口座を基とする取引に関する有価証券売買益及び受取配当は、被告会社に帰属する収入であると認められる。

三  野村証券池袋支店の被告人名義口座の取引について

前掲関係各証拠、特に甲第八一号証によれば、当口座に入金された昭和六三年三月一六日の三〇三六万七七四五円は、被告会社の借名口座と認められる前記二の徳武良吉名義口座から出金された四四四八万八五〇〇円が住友銀行高輪支店の被告会社口座を経由して入金されたものであり、出金をみると、当口座に入金された当日に入金額と同額が同栄信用金庫本店の被告会社当座預金口座に出金されていることが認められる。

右の入出金の事実によれば、当口座も前同様、被告会社の借名口座であるとする被告人の捜査官に対する供述は信用できる。したがって、当口座に基づいて行われた取引に関する所得は、被告会社に帰属すると認められる。

四  東和証券五反田支店の被告人名義口座の取引について

前掲関係各証拠、特に甲第八一号証によれば、当口座は、昭和六三年二月二七日、三和銀行三田支店の被告会社当座預金からの入金によって設定されたものであって、被告会社の口座であると認められる。したがって、当口座に基づいて行われた取引に関する所得は、被告会社に帰属すると認められる。

第五土地譲渡利益金額について

弁護人は、被告会社が森田輝夫(以下、輝夫という)から購入し、リクルートコスモスに売却した等々力物件の譲渡利益重課の計算について、等々力物件は、昭和六三年七月期以前に取得したものであるから、その保有期間内に終了した各事業年度の終了日における等々力物件の各帳簿価額に当該の各事業年度月数を乗じてこれを一二で除して計算した金額に負債利子の額として六パーセントの割合を、販売費及び一般管理費として四パーセントの割合をそれぞれ乗じて計算した金額の合計を経費として認めるべきである旨主張する。

前掲関係各証拠によれば、次の事実が認められる。

等々力物件は、亡森田忠造の所有であったが、相続争いがあって紛糾していたところ、被告会社では等々力物件の買受けを望み、昭和五五年五月一五日相続人のうちの森田ツル(以下、ツルという)及び輝夫を相手方として、等々力物件を提供して貰ってマンションを建設し、そのマンションを被告会社と森田側とで区分所有し、土地を共有するという、いわゆる等価交換契約を締結した。ところが、ツルが死亡してツルの相続問題も加わったため、輝夫は等々力物件について第三者と新たに契約を締結した。そのため、右等価交換契約は事実上失効した。被告会社は、昭和五九年四月二九日輝夫と等々力物件について売買予約契約を締結したが、昭和六〇年四月一〇日に至り、右売買予約契約を合意解約して輝夫と新たな同日付等価交換契約を締結した。その後の同年五月一〇日ころ、等々力物件の遺産分割協議が成立して相続問題が解決した。ところが、等々力物件での借家人の立ち退き問題が解決しないため、被告会社は、右四月一〇日付等価交換契約を解除し、昭和六二年二月二〇日、新たに輝夫から等々力物件を二億九五三七万六七〇〇円で買い受ける旨の同日付土地建物売買契約を締結した。その間の昭和六〇年四月二二日、被告会社はリクルートコスモスとの間で、前記四月一〇日付等価交換契約を前提として、被告会社が等価交換により取得する建物及び土地の持分をリクルートコスモスに譲渡する旨の協定を締結し、同年五月二〇日に等々力物件の土地の持分一三万七八九二分の一一万二七九二について、同月一七日付売買を原因として被告会社を中間省略する形でリクルートコスモスに所有権一部移転登記手続を行った。ところが、輝夫は、昭和六二年三月、東京地方裁判所に対し、リクルートコスモスを被告として、同年五月に残りの持分一三万七八九二分の二万五一〇〇の移転登記を受けていた被告会社を被告として、いずれも契約の無効を理由とする持分権移転登記抹消登記手続請求訴訟を提起し、被告会社が売買残代金と主張する一億一五〇八万〇七〇八円の受領を拒絶した。そのため、被告会社は、昭和六二年三月二三日に右金額に遅延損害金を加えた金額を東京法務局に供託した。右訴訟は、同年一一月三〇日和解によって終了したが、右和解は、前記二月二〇日付売買契約の代金額二億九五三七万六七〇〇円を、これの一・五倍を上回る四億五六八六万六二三七円に改め、和解当日に四億〇五一一万二二三七円を支払うことで成立した。

他方、被告会社は、被告会社と輝夫との各契約の締結・解除及び右の和解成立を前提として、和解当日、リクルートコスモスとの間で、前記のとおり、リクルートコスモスに移転登記した土地所有権を当日確定して所有権移転及び引渡しを受ける旨の前記協定を変更する変更覚書により、所有権を確定的に移転した旨契約し直した。更に、同日、右変更覚書に含まれない等々力物件の残余の一三万七八九二分の二万五一〇〇の土地持分及び建物について売買契約を締結し、リクルートコスモスに売却した。

以上の事実を総合すれば、被告会社と輝夫との等々力物件についての売買は、右売買の最も重要な要素である売買代金が、一・五倍以上変動して確定し、かつ代金額の九割近くに達する金額が支払われた和解日をもって成立したものと認めるべきであり、また、被告会社と輝夫との和解を受け、被告会社が等々力物件を買い受けたと認められる和解成立後にリクルートコスモスと締結した変更覚書及び売買契約の内容を併せ考えれば、等々力物件は、和解日に被告会社が輝夫から買い受けて所有権を取得したのを受けて、同日、リクルートコスモスに売却され、リクルートコスモスが所有権を取得したものと認められるから、昭和六三年七月期前に等々力物件が被告会社に帰属したことを前提として経費を計算すべきとする弁護人の主張は、採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示各所為はいずれも法人税法一五九条一項(罰金刑の寡額については、刑法六条、一〇条により、平成三年法律第三一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項による)に該当するところ、各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年八月に処する。

さらに、被告人の判示各所為はいずれも被告会社の業務に関してなされたものであるから、被告会社については法人税法一六四条一項により判示各罪につき同法一五九条一項(罰金刑の寡額については、前同)の罰金刑に処せられるべきところ、情状により同条二項を適用し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により各罪所定の罰金を合算した金額の範囲内で被告会社を罰金一億円に処する。

なお、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告会社及び被告人の連帯負担とする。

(量刑の理由)

本件は、不動産売買及びその仲介等を目的とする被告会社の代表取締役であった被告人が、いわゆるバブル経済を背景とした不動産ブームに乗って得た被告会社の二事業年度(昭和六二年七月期及び昭和六三年七月期)にわたる所得を秘匿し、法人税を脱税したという事案であるが、その脱税額は合計三億九〇〇〇万円余と高額である上、無申告ほ脱のため、ほ脱率は一〇〇パーセントに達している。被告会社は被告人の一人会社であり、被告人が専横して業務に当たっていたことから、殊更収支を正確に記帳しないまま放置しただけでなく、被告会社の取引を被告人個人の取引に仮装したり、架空あるいは水増しの仲介手数料や工事費を計上するため取引相手に架空の領収書を発行させるなどして、その所得の隠匿を図ったもので、犯行態様も悪質である。また、被告人は、昭和五五年以降被告会社の法人税確定申告をせずに税務署の督促、更正を受けるなどしていたところ、本件各事業年度についても法人税確定申告を行わずに脱税したことを併せ考えると、被告人の納税に対する意識は極めて希薄であるといわざるを得ない。加えて、本件脱税の嫌疑で国税局の査察調査を受けたときにも、経費を過大に計上するなどできる限り事実を偽って所得を秘匿しようと虚偽の主張を重ね、事業利益の確保に執着しているのであって、そのなりふり構わぬ弁解態度からすると、被告人の脱税意思は極めて強固であるとともに改悛の情が薄弱であることが窺え、犯情は悪質というほかない。以上の事実関係に照らすと、被告会社及び被告人の刑事責任は重いといわざるを得ない。

そうすると、被告人は、本件ほ脱所得の一部について帰属等を争っているものの、修正申告書を提出し、それなりの反省の情を示していること、本件脱税にかかる本税の五〇パーセント強の納税が完了しており、未納本税分についても被告会社振出の約束手形を国税局に提出するなど納税の努力が認められること、被告会社及び被告人には前科がないこと、被告人には扶養を要する妻と義母がいることなどの有利な情状を斟酌しても、事案の悪質、重大性にかんがみると、本件を敢行した被告人に執行猶予を付することは相当ではなく、右各情状を考慮し、被告会社及び被告人を主文掲記の刑に処するのを相当と思料した次第である。

よって、主文のとおり判決する。

平成六年四月二二日

(裁判官 中里智美 裁判長裁判官伊藤正高は転補のため、裁判官福島政幸は退官のため、いずれも署名押印できない。裁判官 中里智美)

別紙1 修正損益計算書

株式会社伝田工務店

自 昭和61年8月1日 至 昭和62年7月31日

〈省略〉

別紙2 ほ脱税額計算書

会社名 株式会社伝田工務店

自 昭和61年8月1日 至 昭和62年7月31日

〈省略〉

別紙3 修正損益計算書

株式会社伝田工務店

自 昭和62年8月1日 至 昭和63年7月31日

〈省略〉

別紙4 ほ脱税額計算書

会社名 株式会社伝田工務店

自 昭和62年8月1日 至 昭和63年7月31日

〈省略〉

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